リヴァイアサン・カプリチオ
ある日の夢の話だ。僕の友達が総理大臣になった。
夢の中の思考というのは不思議なもので、十九歳の彼が総理大臣になっていることをなぜか受け入れていた。
どうして、気づけないのだ。綺麗なおねぇさんを無茶苦茶にしてやろうという発想をどうしていつも思いつかないのだ。
それはさておき。
彼が総理大臣になって一つだけ、日本の法律が変わった。
いや、人間のルールが一つ無くなった。
「新総理大臣として就任した小林です、えーこの度緊急で法改正を行うことになります、明日から殺人罪およびそれに伴う法律をすべて撤廃することになりました。つきましては…」
そう、【人を殺してはいけない】というルールがなくなったのだ。
具体的には殺人罪、致死罪、傷害罪などが撤廃された。
夢の中だから、細かいツッコミはなしだ。どうして人は殺していいのに、物を盗んではいけないのか、ツッコミ所だらけだが、夢の中だからオールオッケーだった。
どうも翌日からそのルールが適用されるらしい、一体どうなるんだ…
1日目、死人事件が3万件、200万人が死んだ。
嘘だろ、としか声が出なかった。
いや、どういうことだよ…
その人の上司、ライバル、部下。憎しみを持つ相手に対しての行動。
しかし、それだけで死人が事件数の60倍にはならない、何が起こったんだ…
【テロ】だ、地下鉄爆破・空港爆破および飛行機ジャック・バスジャックその他もろもろの交通機関に対する予告なしの爆破行為が多発した。
1日にして、日本国内の交通網はすべて止まった。車も満足に動かせない、車に対して爆弾を仕掛ける事件も多発していた。
そんなに簡単に爆弾って手に入れられるのか。と疑問を抱いたが、殺人罪の撤廃に伴い、爆破物、銃火器などの購入が容易になったらしい。なるほどそういうことか。
そして事件を起こしたのは快楽目的がほとんどだそうで、彼らを縛るものはどうやらルールだけみたいだ、そんなもんか。
2日目、今度は死人事件が1万件、30万人が死んだ。
1日目に比べて、件数および人数が減ったのは意外だが、1日目同様、身内の事件はある程度起きていた。でも倍率の高さは健在している、どういう理屈なんだ…
通り魔が多発したらしい、そしてその通り魔が別の人間の手で死に、事件は一段落を迎える。街中はその繰り返しだったらしい。
これも快楽目的がほとんどだ、交通機関を攻撃できない故の通り魔だ。
ちなみに僕はずっと家から一歩も出ていない、ルール撤廃は関係なく、元からこの生活なのだ。それに友人も両手で数えれるほどしかいないし、普段から連絡を取り合うような間柄のものもいない。
今まで何度か、自分の環境に不安を抱いたことがあるが、こうなってくると今まで自分が築いた人間関係を誇らずにはいられない。
そんな自分をさておき、時間は止まらなく進む。2日目で日本全体がゴーストタウンと化した。
…忘れているかもしれないが、これは夢の話である、僕自身細かいことは覚えていない。
3日目、ついに死人件数を知ることすらできなくなった。
国のほとんどの機能が止まった、ほとんどの人間が外出すらしなくなった、いやできなくなったというべきか。
疑心暗鬼、いつ死ぬかわからない不安、そういったことで、今まで通りに社会の歯車を回すことが不可能となった、そもそも人が減っている。
飯を食うこともままならなくなるのも時間の問題だ、供給が追い付かなくなる以前にどこで毒が混入されるかすらわからない。
僕がなにも食べずに、3日間生きれているのはこれが夢の中だからだ。本当にゾッとする。
国中が疑心暗鬼、いつ自分が死ぬかわからない。その状況のまま数日が経ち、その数日の中でまた新たな変化が起きた。
快楽目的以外の死人が多発した。
被害者は一般人、しかし今度は加害者も一般人だという。
え、これをどうやって知ったかだって?知らないさ、夢の中なんだから。
自分が死ぬことを恐れたふつうの人間が、快楽意図のある人間を狙った。
いや、これも少し違うな、快楽意図の "ありそうな" 人間を狙った。
そしてそれがエスカレートし、集団的な【魔女狩り】が行われたのだ。少しでも怪しいそぶりを見せた人間を捕らえ、拷問にかけ死に追いやる。そんなことが連日繰り返された。
次に同じグループ同士での闘争が始まった、それは最後の一人になるまで行われた。そして別々のグループの残った一人同士での闘争が起こる、そう日本中で【バトルロワイヤル】が始まっていたのだ。
…というところで目が覚めた。
本当に夢でよかったと安堵した。
そういえば最近、純粋な目をした子供に「どうして人を殺してはいけないの?」って聞かれたな。
「殺されるのは嫌でしょ?だからダメなんだよ。」いや、自殺願望がある人だっている。
「悲しむ人がいるでしょ?」いや、家族も友人もいない人間ならその理屈は通らない。
「法律でそう決まっているから、ダメなんだよ。」
…これだ!と思ったが、その理由を聞かれているのだった、なにも質問に答えられていないではないか。
そう、その時は上手く答えられなかった。しかし今なら上手く答えられる気がする。
「人類が滅ぶから」だ。
人を殺す必要がない、というのはわかるが、1人でも人を殺したいものが生まれれば、人を殺す必要がない。という理屈は通らなくなる。いつ殺されるかわからないから当然だ。
だから、人を殺してはいけない。というルールを作った。
この1つのルールだけで、人を殺してはいけないという世界がすべてうまくいく。
夢に教わることもあるのだな、そんなことを思いながら、顔を洗い歯を磨きリビングに出てテレビをつける。
平和な世界でよかった、今日も平和な一日を送るのだろう。
ふとテレビに目をやると、そこには知っている人物の顔が映っていた。
「新総理大臣として就任した小林です。えーこの度…」
「…はぁ?」
~ 完 ~